親父が社会人になった直後なので、
今から三十数年前のこと。

横須賀から都内まで通ってたので、
結構な時間がかかり、
ちょっと飲んで地元に着く頃には、
一時前だったりするのな。


で、
その日も金曜で終電まで飲んで来て、
駅に着いたのがそんな時間。

酩酊状態で階段を昇ってたんだわ。

家は階段を約300段程昇った山のてっぺん。

弱い街灯を頼りに石の階段がずっと続いてる。

あまり気味のよくないところで、
俺も夜はあまり出歩きたくないようなところだよ。

車なんか行けないので、
すごい不便でさあ。





で、酔いながらゆーっくり昇って行き、
ちょうど半分位のH岡さんの門を過ぎ、
民家が切れて竹やぶと草むらだけになったとこでさ、
上から人が降りて来るんだって。

薮を過ぎると二股に分かれ、
左がうち、右がTさんの家なので、
Tさんの家に長居した客がこんな時間に帰るのか、
くらいのつもりでふっと見上げたら、
何か変なんだって。

足の動きに対して、
歩く速度が不自然な速さ。

分かり易く言うと、
階段をスケートで滑るような感じかな。

段々見えて来たら、
白い浴衣なので若い女性だなあってわかったんだって。

でもね、一月なんだ。

その晩だって仕事関係の新年会だったからさ。

この時になって、
酔いながらもようやく寒々しいものを感じて来たらしく、
こっちは昇り、あっちは下りなので、
いやだなあすれ違うの、なんて思いながら、
一本道だから怖々昇って行ったんだ。

で、いよいよすれ違うその瞬間、

「ねえ…助けて…」

女が両手で、
ものすごい力で右腕を掴んだ。

ゾワっとしながら声にならない悲鳴をあげつつ女を見たら、
長い毛髪で鼻から上まで全部隠れ、
真っ赤な唇だけをよく覚えてるって。

しかも浴衣だと思ったのはそうではなく、
手術の時着るようなあれだったらしい。

二駅はいかないと病院はないんだけどね。

で、ほんとに怖い時は声が出なかったって笑ってたけど、
その時は腰抜かしながら階段の百数十段を逃げ昇り、
気づいたら小便漏らしてたって言ってた。

この世のものか、
はたまた異界の何かわからないけど、
何度も聞かされる話。