まだ10代のころ、
生まれて初めて一人暮らしをした。

住み始めて3~4ヶ月経った頃、
夜中にトイレに行くと、
玄関のドアを「トントン」叩く音がした。


ちゃんとインターホンもあったんだけど、
気付かなかったのかな?と思い、
玄関ドアの覗き穴を見ると誰もいない…

そのときは気のせいかなと思って、
そのまま寝た。

そんなことはすっかり忘れて数か月、
私は深夜のバイトを始めた。

ある日、
深夜に帰宅して玄関で靴を脱いでいると、
また玄関のドアを「トントン」と叩く音がした。


覗き穴を見てみると誰もいない。

ドアを開けてみても誰もいない。

少し不気味だったけど、時間も時間だったし、
帰宅の音がうるさかったから、
ご近所の人が消極的な抗議に出たのかなと思った。

しかし、それからというもの、
帰宅が深夜の時はほぼ毎日ドアをノックされた。

イタズラにしても気持ち悪かったので、
管理人に連絡して、
アパート全体にポスティングしてもらったり、
いろいろしてもらったがノックは止まらず。

そのうちこっちも慣れてきて、
ノックされるのは深夜3時半~4時の間に集中していることがわかり、
ある日、どうしても犯人を突き止めたくなった私は、
3時10分頃からドアの前に張り付いて、
覗き穴を見続けるというヒマな手段に出た。

覗き初めて30分くらい経ったとき、
「トントン」と音がした。

覗き穴には誰も映っていない。

というより、ドアから音がしない。

後ろから聞こえる。

開け放ったワンルームのドアを通り越して、
ベランダのドアを叩かれた。

私が覗き穴を覗いているのは、
その時点で私しか知らない。

なのに覗き穴ではなく、
ベランダのドアを叩かれた。

私はそのときまで、
ノックは人為的なものであるとしか考えていなかった。

人外のものがノックしているなんて、
考えたこともなかった。

私はその時、
初めて背中が薄ら寒くなった。

しかし、
引っ越し費用なんて用意出来ない私は、
その後もその部屋に住み続けた。

ノックは相変わらずされる。

たまに玄関に張って見るが、
見透かすようにベランダをノックされた。

ノック以外のことは何もしなかったので、
怖くもなくなっていた。

住み始めて2年が経った頃、
うちのベランダ側のガラス戸に、
車が突っ込む事故があった。

うちは1階だったんだけど、
前の駐車場に止めようとした車が、
誤って突っ込んできたらしい。

私の部屋のガラス戸はフレームごと大破。

しばらくベニヤ板が打ち付けられていた。

事故のとき私は家にいなかったんだけど、
管理人と警察から事情を聞いて、
ベニヤ板をはめるときは立ち会った。

一通り終わって、
部屋でビール飲みながらベニヤ板見てたら笑えてきて、
ふと、トントンしてる奴は
玄関にいるのか駐車場にいるのか、と思い、
思わず

「大丈夫だった~?」

と呟いた。

そしたらベニヤを
「トントン」と叩く音が聞こえた。

時間はいつもの時間じゃない。

なんか嬉しくなってしまって、
それからもまったくヤツのことを嫌いになることもなく、
5年ほどその部屋にはお世話になった。

一人暮らしだけど、
なんとなくヤツを認識してからは、

「いってきます」

「ただいま」

って言うようになった。

引っ越しする前日に

「元気でっておかしいか。達者でな」

って言ったら、
ちゃんと「トントン」て、
いつもと同じで2回、
いつもよりゆっくりノックが返ってきた。

ちょっと泣いたよ。