今から30年ほど前、
兵庫県東部を流れる武庫川が集中豪雨の影響で大増水した。

この豪雨はあちこちで路面冠水や民家の浸水を引き起こし、
かなりの被害を出した。


中でも最悪の悲劇は、
西宮市塩瀬町生瀬で発生した土石流による被害であった。

国道176号線を宝塚駅から3キロほど北上すると、
太多田橋という交差点がある。

そこを左折すると、
名勝\"蓬莱峡”を経て有馬温泉へ抜ける峠道となる。


その途中にいくつかの採石場があり、
そこの作業員数名が件の集中豪雨による土砂崩れに飲み込まれ、
帰らぬ人となったのだ。

土石流に飲み込まれた彼らは、
武庫川の支流である太多田川に流され、
そのまま増水した本流に巻き込まれた。

轟々と流れる濁流が、
行方不明者の捜索を大変困難なものにした。

そして、犠牲者の全員が発見されたのは、
事故から数日後のことだった。

ある者は延々と武庫川の河口まで流され、
最後に発見された遺体は神戸港湾内まで押し流されていた。

事故からどれくらい後のことだったか定かではないが、
私はとあるテレビ番組を観ていた。

いわゆる昼間のワイドショーだが、
内容は心霊モノの特集のようだ。

生放送でスタジオと中継地を結び、
レポーターがなにやら神妙な顔をしてしゃべっている。

中継地は西宮・仁川の熊野神社である。

自分の地元がとりあげられていると知って、
私はがぜん興味をそそられた。

しかし私にとって、
それは非常に後味の悪い経験となってしまった。

神妙な面持ちのレポーターが
企画の趣旨を説明している。

「…さて、こちらの熊野神社には不思議なものが祭られています。
『鳴り釜』というこの神器は、この世に未練を残して亡くなった、
浮かばれない霊魂を鎮める力があると言うのです」

レポーターの後方へカメラがズームする。

神官が大きな釜の前で祝詞をあげている。

すると、
不思議なことにその釜が、
かすかに音を発している。

おお――ん…おおーーんん…

中継はクライマックスを迎えつつあった。

祝詞もその調子をいっそう高めてゆく。

レポーターが続ける。

「…今回は特に、
先頃土砂崩れに巻き込まれて亡くなった方々の霊を慰めるために、
鳴り釜の神事を行って頂いております。
犠牲者の方々の無念な思いは…」

しかしこの後、思いもよらない結末に、
この放送に携わった者、
いや、神官までもが驚愕することとなったのだ。

うおおおおーーーーーんん!!
ぐおおおおおーーーーーーんん!!!
ぐうぅおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉーーーーーーーんんん!!!!

戸惑うレポーター。

スタジオも騒然としている。

神官の顔に、
明らかに焦りの色が浮かんでいる。

鎮魂がなされると鳴り止むはずの釜。

その後も一向に鳴り止む気配がない。

それどころか、ますます轟音で響き続ける。

予期せぬ事態に中継はカットされ、
気まずい空気のスタジオがその場を取り繕っていた。

人の思いとは、そんなに簡単なものではないのだ。