今から書くのはもう何十年も昔の話。

幽霊とかには縁がないんで、
不思議な話っていうとこのくらいしかない感じでして、
この前ちょっとしたことがあって久々に思い出した話です。
俺が小学生のころ、
クラスに武田というえらく粗暴な奴が居た。

見た目はちょっと良いんだが、
基本的に無口な上に、
口を開くときは大抵相手を罵る言葉。

さらにすぐ手を出すんで、
みんなから嫌われていた。

しかも手に負えないことにやたらと喧嘩も強いんで、
そいつよりでかいやつも手を出そうとしないくらいだった。

昔はそんな奴じゃなかったんだけど、
お父さんが死んでから手をつけられなくなった。


そいつの喧嘩で嫌なのは、
殴る蹴るは勿論なんだけど噛みつくこと。

特に髪の毛なんか容赦なく食いちぎるんで、
マジでイカれた奴だと思われてた。

俺も一度そいつに絡まれたことがあって、
その時は何もしてないのにいきなり馬鹿呼ばわりされた上、
ボコボコにされた。

鼻血が止まらなくて大変だったのを
今でも憶えてる。

俺が住んでいた町は住宅街で、
団地やマンションが立ち並び
そこから自転車で30分ほど北に行くと繁華街があった。

仮にそこを錦町ってしておくことにする。

中学生くらいになると、
自転車で30分くらいなら近所って感じになって、
あっちこっちに足を延ばすようになる。

その日も錦町に向かう予定だったんだけど、
ふと思い立っていつもと違う道を通ってみた。

夏の暑い日で汗だくになりながら自転車をこいでると、
神社があった。

周りは住宅街で歩道も碌にないんで、
街路樹すらないような状態だったけど、
その神社の敷地の中にだけは杉だの桜だのが鬱蒼とするほど生えていて、
涼しそうだった。

俺はそこで休ませてもらうことに決めた。

自転車を止めて境内で一息ついていると、
玉砂利の中に偉く綺麗な石があるんだ。

白っぽくて、卵より一回り小さいくらい。

透明感があって磨いたようにツルツルで、
いうなれば瑪瑙のような。

あまりにも綺麗なんで俺はそれを貰っていくことにした。

それをポケットにしまうと、
十分に汗も引いたので、
錦町目指して再び自転車を漕ぎ始めた。

普通ならそこから錦町まで5分も掛からないのに、
その時はやけに信号に引っかかった。

イライラしながら青になるのを待っていると、
後ろから声を掛けられた。

なんだと思って振り向くと、
武田が居た。

昔とはうって変わった穏やかな表情で、
でも相変わらず人づきあいは悪そうな感じで。

武田は昔からこのあたりにはよく来るそうで、
良く知っているらしい。

今日も散歩をしていたら、
俺を見かけたので声をかけたとのこと。

「ちょっとその辺の日陰で話そう」

と言うんで、
昔と大分違うな?と思いつつついて行った。

勿論、
そいつ=鼻血ってイメージなので
すごく警戒していたが。

その辺の建物の陰に入ると、
武田がいきなり手を出した。

「ポケットに入ってるもの、預かるよ」

俺が

「なんのことだよ?」

と訊き返すと、

「それ、持ってくと怒られるぞ」

と言う。

「見てたのかよ?」

と俺が不貞腐れながら訊くと、

「いや、そういう訳じゃないけどな。
判るんだ。石かな。
気持ちは判るけどな駄目だ」

と苦笑いしながら
更に手を出して催促する。

何訳わかんないこと言ってんだと思いながらも、
諦めてポケットからそれを出して、
滅茶苦茶驚いた。

ただの石だったんだ。

勿論滑らかで丸いというのは変わってないんだが、
真っ白でもなければ透明感もない。

拾った時に感じたほどツルツルでもなかった。

武田はそれを受け取ると、

「今回は俺が返しておくよ。
犬山神社だな?」

と訊いた。

俺がまだ驚きが覚めなくて、
目を丸くしながら頷くと、

「神域の物を勝手に持ち出すと碌な事にならないぞ。
特にお前は。
まあ、今は大丈夫だろうけどな。
お祖父さんかな。
ちゃんと墓参りくらい行けよ」

と静かな声で笑った。

やっと落ち着いてきた俺は、
なんだが気持ち悪くなってきて、
それがばれないように

「いったい何なんだよっ」

って怒鳴った。

考えてみれば、
昔だったらこの瞬間殴られてるのに、
その時のあいつは苦笑しただけだった。

「神社ってのはさ、
大抵の場合フツーの場所じゃないんだ。
結界も張られてるし、
中のものと外のものは明確に違う。

中のものは良いものもそうでないものもあるけど、
たまにこうやって、悪戯することがあるんだな。
神様の目を盗んでさ」

普通だったら既知外だコイツって思うんだろうが、
そいつの声が静かなのと、
手品のカード当て見たいなことをされたせいで、
その時は黙って聞いてしまった。

「俺は、俺の親父譲りなんだけどさ、
まあちょっと人と違うものが見えたりするんだな。
そのせいで色々めんどくさい事が多い」

とおどけてみせる。

「親父さん?
確か、死んだんじゃなかったっけ?」

亡くなったというべきだが、
中学生じゃまともな言い回しも中々できない。

「ああ、死ぬときにね、譲り受けたんだよ。
祓い方とかも教わったんだが、中途半端でさ。
結局殆ど独学みたいなもんかな」

「譲り受けたって何を?」

「世間的には霊感っていうのかな、
人を助けるために使えとさ。
悪いものに憑かれてる人がいたら
必ず助ける約束だと言われたよ」

ようやく、
コイツイっちゃってると思いだした俺。

武田もそれに気付いたようだが、
なんでもないことのように、

「頭おかしいって思うだろ?
だから説明するよりも手っ取り早い方法を取る訳」

「手っ取り早い方法?」

「ぶん殴る」

俺、唖然。

「後は、こっちに引っぺがすために、
相手の一部が必要なんだけど、
一番早いのは髪かな。痛みも無いし」

殴られたら痛いだろ…

「切られたり、
どっか食いちぎられたりするよかマシだろ。
それにイキナリ、髪くださいって言って誰がくれるよ。
野郎が野郎の髪の毛なんて欲しがっても気持ち悪いだろ。
まあ無茶苦茶に聞こえるだろうけど」

はい、気持ち悪いです。

でもって無茶苦茶です。

「こっち側に干渉するには、
奴らもそれなりに力が必要で、
そんなにホイホイできる訳じゃない。
憑くのはその手始めなんだ」

奴らとか言いだしたよ…

「相手の身体の一部ごと、
奴らをはがしてこっちに持ってくるんだよ。
つまりこっちに憑かせるんだけど、
大抵の奴じゃ俺にはなにもできない。
あとは力を失って消えるだけだ」

反応に困る俺。

「信じないよな、まあ良いけど」

武田は石を持ったまま手を上げると、
立ち去ろうとした。

「俺もしこたま殴られたけど、
髪の毛は千切られなかったぞ」

ふと思い出して、言ってみた。

お前の論で行くと
俺は殴られただけじゃねえか。

「鼻血、すげー出たろ。
血は不味いから嫌なんだけどな」

憶えてるのか、
あ?不味いって何?

「こっちに持ってくるって言ったろ?
体内に取り込むんだよ。
っていうか、
あんな船幽霊みたいなの連れてウロウロされてもなー、
無視する方が難しくてな」

あの喧嘩はたしか夏休み明けだったか?

8月入ってすぐ海連れてってもらって、
その後学校始まるまで寝たり起きたりだったんだよなあの年は…

いやいやまさかなぁ?

「武田、
さっきじいちゃんがなんとかって言ってたよな?」

「ああ、お祖父さんお前のことが心配だってさ、そこにいんの。
お祖父さんが守ってくれてるから、
大抵の悪いものはお前に近寄れないよ。
あの時は居なかったから…あの後亡くなったのか。
そうか…一昨年か」

武田はつぶやくようにまくし立てると、
もう一度俺に手を上げて歩き出した。

今度は立ち止まらなかった。

俺はもう祖父ちゃんが死んだ春から2年も経つんだ、
とか思いながら武田を見送った。