今からもう10年以上前の話で、
確かではありませんが、
5歳ぐらいの頃の事だと思います。
私の住んでいたところは、山奥の村(?)でした。
電気も電話も無く、道さえ舗装されてないような、
時代錯誤も甚だしいような場所です。
その村に住んでいたのは、私と私のおじいちゃん、
そして双子のヒサシとトモユキと、
そのおじいちゃんおばあちゃんの6人だけでした。
二人は障害を持っていて、
ヒサは口が聞けず、トモは生まれ付いての虚弱体質で、
一人ではろくに歩けもしないほどでした。
それでも私たちは仲が良く、
いつも一緒に遊んでいました。
ヒサとトモは二人で一つのような存在で、
何処かへ行く時はヒサがトモを背負い、話
をする時はいつもトモが喋っていました。
学校は近くになかったし、
街へも出た事がありませんでしたが、
勉強は二人のおばあちゃんが教えてくれるので、
何不自由なく暮らしていました。
そんなある日、
私たちが村の大鳥居のところで遊んでいると、
ヒサたちのおじいちゃんが大慌てで走ってきます。
その顔があんまりに嬉しそうなので、
「何か良い事があったのかな?」
「今日はご馳走かな?」
なんて3人で話していました。
案の定おじいちゃんは、
「今日はめでたいことがあったけんご馳走じゃ」
と、私たちを家に連れていきました。
ヒサたちの家に着くと、
私のおじいちゃんも待っていてくれましたが、
何故か暗い顔をしていたのを覚えています。
今思えば私のおじいちゃんは、
これから起こる事を知っていたんだと思います。
だけどその時は、
「なんで悲しい顔をしてるんだろう?
何処か具合でも悪いのかな?」
と考えていました。
食間に通された私たちに出されたのは、
黄金色に透き通ったお酢みたいなものでした。
私たちがそれぞれに、
「何だろう?」
と怪訝そうな表情を浮かべていると、
「神様から頂いたありがたいお酒だから、飲みなさい」
と、ヒサたちのおじいちゃんが急かします。
ヒサが意を決して飲み干し、
そしてトモにも飲ませていましたが、
私はどうしてもその気になれませんでした。
すると後ろに居た私のおじいちゃんが、
「サトコ、お前の分は薄くしてあるけん、
めんだな(面倒な)事にはならん。飲め」
と言いました。
私はおじいちゃんが大好きだったので、
「おじいちゃんが言うなら大丈夫だ」
と、一気にそれを飲み干しました。
しかし、そんな私の信頼を裏切るかのように、
途端に目が回り始めました。
定まらない視界をヒサたちの方へ向けると、
二人とも既に倒れこんでいるように見えました。
その直後、私も体を支えられなくなり、
その場に倒れこんでしまいました。
しばらくして意識を取り戻すと、
地面がガタガタと揺れていましたが、
すぐに私は車の中だと気付きました。
私たちは一体どうしたんだろう?と考えますが、
どうにも朦朧として考えが回りませんでした。
でも、誰かの話し声はうっすらと聞き取れました。
「わーがえなもん(お前みたいな奴)死んだが良かったんじゃ」
と声を荒げるのは、私のおじいちゃん。
「やくたいもねこと(しょうもない事)いつまでも」
と切り捨てるような声は、ヒサたちのおばあちゃん。
「しちねんぶりのいんび(いみび?)だけん諦め!」
と怒鳴るのは、ヒサたちのおじいちゃん。
私たちはこれから何をされるのだろう?
怖くて怖くてたまりませんでした。
それからどれくらい走ったのか、
おじいちゃんたちは車を止めました。
私たち三人を車から降ろして、
どこかに連れて行こうとしていましたが、
私は怖くて狸寝入りをしていました。
途中までずっと怒鳴っていたおじいちゃんは、
私を抱えながら、
「わりしこだった、わりしこだった(すまなかった)」
と泣いていました。
暗い納屋のような場所に私たちを寝かせると、
ヒサたちのおじいちゃんは、お経のようなものを読み始めました。
私は、きっと殺されるんだと思い、
恐怖で体が震え、体中から冷や汗がどっと噴出しました。
心の中で何度も何度も、
おじいちゃん助けて!と叫びましたが、
おじいちゃんは顔を伏せたまま気付いてくれません。
お経のようなものが終わり、
ヒサたちのおじいちゃんは、
懐から錆びた小刀のようなものを取り出して私に向けました。
もう駄目だ!
そう思ったとき私のおじいちゃんが、
ヒサたちのおじいちゃんに飛びかかりました。
「おじいちゃん!」
私は力の入らない体を、
それでも必死に起こしました。
「逃げえ!ヒサもトモももうあかん!お前だけでも逃げえ!」
と取っ組み合いになりながらも、
おじいちゃんは叫びました。
私は必死に立ち上がり、
出口の方に駆け出しました。
後ろからヒサたちのおばあちゃんが、
「あかん!お前は逃げたらあかんのんじゃ!」
と叫びながら追って来るのがわかりましたが、
それでも必死に走り続けました。
おじいちゃんの事もヒサたちの事も心配でしたが、
必死に必死にその建物から飛び出し、
海沿いの道を走り続けました。
どれくらい走り続けたのかは、
もう覚えていません。
裸足たった私の足は、
皮が破れて血まみれになっていました。
痛みに耐えかねて、
よたよたとよろめきながら歩く姿に、
何かあったのだと感じたのでしょう。
通りかかったパトカーが止まり、
降りてきた警察官が声をかけてきました。
助かった!
私はさっきの出来事を上手く説明出来ないながらも、
必死に事情を説明しました。
自分でも、うそ臭い作り話に聞こえるような話し方になってしまいましたが、
なんとか事情を理解してもらう事が出来ました。
私はパトカーに乗せられ、
元来た道を警察官と一緒に戻っていきました。
しかし私たちが戻ると、みんなの姿は無く、
しんと静まり返っていました。
警察官と二人で二階も探してみましたが、
何処にもいなくなっていました。
その後、私は警察署に連れて行かれて、
色々な事を聞かれました。
何があったのか、
私の名前、住所や電話番号、家族の事。
でも答えられたのは、
『サトコ』という下の名前と、
さっき起こった出来事だけでした。
その時まで気付いていませんでしたが、
私は両親のことも、住んでいた村の名前も覚えていなかった。
いえ、知らなかったんです。
行方不明の届けにも該当せず、
帰る所も身寄りも無い私は、施設に預けられました。
今では7歳の頃に養子として貰われた家で、
色々と問題も有るものの、平和に暮らせています。
でも、今でもこの時の事を夢に見て、
思い出すことがあります。
おじいちゃんたち、
そしてヒサシとトモユキは何処へ行ったのか。
あの時おじいちゃんたちは、
何をしようとしていたのか。
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