伯父と父は子供の頃、
祖父の貿易関係の仕事で
香港の港町で2年程暮らした。

当時中国の文化大革命で殺された犠牲者が
大陸の河から流れ下り、
よく海岸に漂着する事が珍しくなかったそうだ。

父も伯父も死体を最初は怖がったが
頻繁に流れてくるようになり
次第に慣れて腐乱した犠牲者を棒で突いたりして
イタズラするようになっていた。


ところがある時調子にのった伯父が
死体の顔を蹴飛ばした時…

「オ゛ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーォ……」

死体の口が開き鳴いた…。

死体の腹に溜まったガスが
ゲップの様に出たのだと伯父は言っていたが
父はとてもそんな感じはしなかったそうだ。

その日の夜、父が目を覚ますと
布団を頭からかぶり
寝台の下で震えている伯父がいた。

どうしたの?
と伯父に尋ねようとした時、
昼間にみたあの口を開いた腐乱死体が
伯父の勉強机の上で正座しているのがみえた…。

その腐乱死体は小刻みに震えながら、

「オ゛…オ゛…」

絞り出すように声を出していた。

それを見た父は大声で悲鳴をあげ泣いたので、
祖父と祖母が飛び起きて来て
二人ともわんわんと泣きつき朝まで震えて過した。

次の日、
事情を知った祖父と一緒に
犠牲者があがった海岸に線香と花を供え
二人は冥福を祈り
二度と犠牲者にふとどきな事はしなかった。

日本に帰国し
伯父はその後…

織田無道みたいに派手な外車を乗まわす、
しょーもない坊さんになったが
その傍ら身元不明の遺体を引き取り、
永代供養する奉仕活動をずっと続けている。