20代の頃の事、
群馬生まれの男がバイト先に来た。

そこでの俺は勤務年数長かったので、
やって来るバイトに仕事の振り分けや作業の流れの指導など、
仕切りをやっていた。
ふと休憩時間に、
群馬から流れてきた男の身の上話を聞くようになった。

実家が養蚕をやっていた大きな農家だったこと、
暮らし向きが思わしくなく、
家族が散々になってしまったことなどだ。

東京に来て部屋を見つけ、
浮き草のようなバイト暮らし。


家族のいない不安などを聞いてやっていた。

そんな彼は幼い頃、夜寝る前に、
母親から十時坊主の話を聞かされていたという。

群馬の片田舎の農村は、
夜寝るのが早いらしい。

夜間には何もすることがないからだそうだ。

そんな時、
何時までも寝ないでいると、
母親に注意されたという。

「十時になったら十時坊主が出るよ」

たわいもない脅し文句は、
何時までも効果を持続しえなかったのだろう。

その夜は、
遅くまで布団に潜って起きていた。

古い柱時計の振り子の音が十時を告げた時だった。

真っ暗な部屋の天井板の一枚がカタリと開き、
真っ黒な男がスルスルと柱を伝って下りてきた。

そして、布団の中の彼にこう言った。

「十時になりやしたが、如何致しやしょう?」

びっくりした彼は、
布団の中で恐怖に震えていたそうだ。

そうしているうちに、
男はまたスルスルと柱を上ると、
ポッカリ開いた天井板の闇の中に消えていったそうだ。

翌朝、起き出した彼は、
昨夜の恐怖の体験を母に尋ねてみたが、

「だからみなさい。
寝ない子を天井に連れていくんだよ」

と言ったきり、
多くを話してくれなかったそうだ。

それから彼は早く寝るようになったのだが、
暫くすると、
あの怪物の正体が何だったのか知りたくて仕方なくなってきた。

事ある事に母や祖母に尋ねるのだが、
口篭り、一向に要領を得ない。

とうとうその夜、
彼は十時坊主に再遭遇するため、
寝ずに目を開けていた。

やがて柱時計が十時を告げた。

あの天井の一角をじっと睨んで見ていると、
カタリと羽目板が開いた。

するとやはり、
十時坊主が柱を伝いスルスルと下りてきた。

そして、
間違いなく彼を目がけて近付いて来ると、
こう言った。

「十時になりやしたが、如何致しやしょう?」

そこで試しに彼はこう言った。

「寿司が食べたい」

すると十時坊主は、
何もせずに再び元の天井に帰って行った。

翌日、不意の来客があり、
彼も夕刻には出前の寿司にありついたという…。